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反怖謙一の「ABC通信」

ABC通信は、日々の気付きや学びを基に、物事の根本や本質について忘備録的に書き綴ったものです。
ABCは、A(あたりまえのことを)、B(ぼんやりせずに)、C(ちゃんとやる)の略で、私自身の座右としているものです。

ABC通信

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2021年3月1日更新

問題発見能力
     ドイツの哲学者カール・ヤスパースは、「哲学の本質は、真理を所有することではなく、真理を探究することにある。哲学とは途上にあることを意味し、このことは真理を手にすることよりも価値あることなのだ」ということを述べています。彼は、哲学の問いは答えよりも重要であり、またあらゆる答えは新しい問いになるということを強調しているのですが、これを今の世相に照らして見ると、極めて新鮮な視点を与えてくれているのに気付きます。
     有能な人物の証を「問題解決能力」に求める風潮が強い昨今ですが、世の中の発展を牽引する様な業績を上げた人というのは、未だ誰も発見していない新しい問題を発見して、それを世の中に提起した人、いわゆる「問題発見能力」に優れた人ではないかと思います。そもそも、問題の発見があって初めて問題の解決が意味を持つのであり、問題解決能力だけを高めても仕方がありません。入力されない高性能コンピューターは、何の価値も生み出しません。
     この問題の発見と解決を極めて優雅に一人で全てやってしまった人がココ・シャネルとの話を目にしましたので、以下ご紹介します。彼女は、ファッションブランド「シャネル」の創業者です。彼女が発見した問題とは、当時の女性のファッションが時代のすう勢にそぐわない、コルセットを多用した窮屈で息苦しいものであるという問題でした。
     彼女の活躍した1920年代は、未だ19世紀的風俗を引きずっており、特に上流階級の女性は紳士の目を引く矯正具の様な洋服を着るのがたしなみだと考えられていました。たしなみというのは、必ずしも女性側が着たいという意思や欲求だけによって成立していたものでは無いことを意味していました。この状況をシャネルは問題と考えました。女性はもっと自由に自尊心を持って、自分が着たいものを身に着けるべきではないかというのが彼女の問題提起でした。
     問題とは、詰まる所「こう在りたい」という理想や欲求と「実際はこうである」との現実とのギャップです。「こう在りたい」との理想や欲求を構想する能力のある人にしか、問題というものは生み出せません。彼女は時代のすう勢を敏感な嗅覚と独自の美意識をもって感じ取り、女性のファッションの在り方が時代の変化と大きな齟齬(そご)をきたしていることに憤り、様々なファッションの革新を先取りした女性解放的洋服を作り出して行きました。彼女は、大胆な提案を次々に行いましたが、世の女性達の共感を得て、それは大ヒットしました。
     米国の哲学者エマーソンは「内心にひそむ確信を語れば、それは普遍に通ずる(共感を得るものになる)」と言いましたが、シャネルもまた「女性の洋服はもっと自由で、自己表現に満ちたものであるべき」との確信を提案し、世の女性達の共感を得ました。問題発見、心したいものです。


2021年3月1日更新

どんジャンケン
     「どんジャンケン」という子供の遊びがあります。この遊びは、2チームに分かれて、ひとつの線上を両端から一名ずつが走り出し、途中でぶつかったところで「どーん、ジャンケンポン」と掛け声を発しながらジャンケンをします。負けた方は、相手に進路を譲ります。負けた方のチームは、自分達のスタートラインに相手側が到着しないように、次の走者が線上を走り出し、再び相手とぶつかってジャンケンをします。線は曲線の方が面白く、平均台を何台も使って、落ちたときにもジャンケンで負けたのと同じルールを適用すると、更に面白さが増します。足の遅い子でも十分に楽しめる遊びです。
     世の中、考えて見れば、お互いの都合や思惑がぶつかったとき、「どーん、ジャンケンポン」と言ってジャンケンで即時決着して、無用な衝突や軋轢(あつれき)を回避できたらどんなにいいでしょう。誰かと暮らしていれば、朝ギリギリに起床してから、トイレや洗面所で「どーん、ジャンケンポン」、朝食メニューやテレビのチャンネル争いで「どーん、ジャンケンポン」、一度家を出れば、駅構内や電車内で、あるいは自家用車を運転中の道路上で「どーん、ジャンケンポン」、職場や学校では、もっと熾烈かつ深刻に「どーん、ジャンケンポン」です。
     誰もが自由意思を持って動き回る中、ある一面で、他者とは自分の自由を阻害する存在です。限りある環境条件(電車内の座席数やつり革数、道路車線数や路幅、駐車場の収容能力、同業他社の存在、ライバル受験生等々)の中で己の自由を享受しよう、都合や思惑を果たそうとすればするほど、他者とは競わざるを得ず、どーんと当たれば、即勝ち負けの世界へ突入です。ジャンケンで素直に負けを認めるなどとんでもない。どんなことをしても負けたくないと頑張り、その人の人生は、勝ち負け一色に塗り固められてしまいます。中には、後出しジャンケンのズルをする人まで現れます。
     一方、他者の存在は、自分の自由を担保してくれているのも事実です。ルール無視で誰もが自分勝手に自己都合や思惑を好き放題に振り回したのでは、不自由この上無く、まるで古代中国春秋戦国時代さながらの、誰もが生き難い世の中と成り果ててしまうでしょう。他者のルール遵守と自己都合や思惑抑制のセルフコントロールが在ってこその自らの自由です。世の中には、法律、規則、掟、しきたり、作法、所作、マナー、エチケット等々、全体の幸福を実現し底上げするための決め事があります。この「どーん、ジャンケンポン」を守る限り、人は自由であり、他者と構成する社会や組織の中で円滑に活動し、自己実現を図ることが出来ます。まして、どーんと当たる前に「お先にどうぞ!」と相手に道を譲る気持ちをもち、相手の都合や思惑を叶えてあげることで相手は喜び、何より自分自身も楽で嬉しいものです。世の中は本来、「どーん、ジャンケンポン」など必要無いのが理想です。でも現実を鑑みて、せめてジャンケンポンという決め事だけは、しっかり守り合いたいものです。

 反怖 謙一(たんぷ・けんいち)

  三井住友銀行 人事部研修所 顧問
  (元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長)



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