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経営実務に役立つ情報を分かりやすくまとめた小冊子や、朝礼時の挨拶や経営のヒントとなるさまざまなトピックスをコンパクトにまとめたものを発行しています。


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一口メモ

一口メモ

日常の光景や歴史のエピソード、季節の話題等さまざまなトピックスを題材に、はがきサイズにまとめたものです。朝礼時の挨拶や経営のヒントとしてご利用いただけます。

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2019年(令和元年)10月号

昭和のパラリンピック
  • パラリンピックの「パラ」とは、もともとどこから来たものなのか、ご存知だろうか。
  • イギリスのロンドン郊外にストーク・マンデビル病院というところがある。この病院で院長を務めたルードヴィッヒ・グットマン博士(1899~1980年)は脊髄損傷治療の専門家で、この病院には第二次世界大戦で負傷し、パラプレジア(両下肢麻痺)となった患者が多数、入院していた。グットマン博士はパラプレジア患者のリハビリのため、車イス使用者による競技会を病院内で開催した。これがパラリンピックの始まりである。
  • 実は、現在のパラリンピックの原型となる大会が開催されたのは、1964年の東京五輪でのことだった。「障害者を見せ物にするな」という根強い反対意見もあるなか、運営資金の多くを民間からの寄付で賄って開催された大会だった。
  • 1964年といえば、日本にも戦争で負傷し、不自由な生活を余儀なくされた人々が大勢いた。日本の皇室はパラリンピックの開催・運営に大きな役割を果たした。1964年の東京五輪は、戦後からの経済復興を謳うだけの大会ではなかったのである。

2019年(令和元年)9月号

彼岸花
  • 「一つ家へ辿る道あり彼岸花」(阿部ひろし)。彼岸花を見ると、夏が終わったことを実感する人は少なくないだろう。筆者は雪国の生まれだが、子どもの頃に彼岸花を見た記憶がない。彼岸花の成長期は秋の開花から葉が枯れる翌年の春まで。根雪の積もる地方では冬の間、葉が日光を浴びることができないため、球根が成長できないのであろう。
  • 筆者の彼岸花“初体験”は、学生の頃、秋に大和地方を旅行したときのことだった。野火かと見まがうばかりに、段々になった田んぼのあぜ道に赤い帯が連なる光景は、初めて見るものの目を驚かせるに十分だった。
  • 日本の彼岸花は三倍体植物で、株分けによってしか増やすことができない。中国から持ち込まれた株がたまたま三倍体だったのだろうといわれている。しかし、このために日本の彼岸花はすべて遺伝子が同じで、大雨の降ったあとなどにニョキニョキと一斉に花茎を伸ばし、花を咲かせることになった。
  • 「対岸の火として眺む曼珠沙華」(能村登四郎)。こういう風景は日本独特のものなのかもしれない。

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