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SMBCマネジメント+(プラス)

白川 方明 氏

本質に焦点を当てる

今年も吉野彰氏のノーベル化学賞受賞に日本中が沸き立った。同氏の明るい笑顔と喜びの声を聞くと、心から嬉しくなる。自然科学の世界では、理論についても応用についても、研究成果は英文の専門雑誌に掲載され、研究を巡る競争は文字通り世界規模で行われている。その成果は今回のリチウムイオン電池の例が示すように、時間を経て誰もが実感できる生活の向上に貢献する。

経済学や経済政策の世界では、同じようなメカニズムは働いているのだろうか。自然科学と同様、国際的な専門雑誌での研究発表や数量的手法に基づく研究は活発に行われている。そうした経済学の発展は、経済政策の運営に役立ち、人々の幸福に繋がっているだろうか。例えば、入札制度に関する経済理論――筆者は門外漢であるが――は現実の入札制度の改善に大いに貢献していると聞く。そうした例を持ち出さなくても、最近の貿易摩擦を見ると、分業や比較優位といった基本的な概念の意味を理解しないことがいかに経済に悪影響を与えているかを痛感する。

ただ経済現象の場合、理論と政策の関係はもう少し複雑である。何故ならば、物理現象、化学現象は普遍的であるのに対し、経済はグローバル化が進展しているとはいえ、各国に固有の要素が存在するからである。経済政策は生身の人間から成る社会を対象とする以上、違いを無視することは出来ない。それにもかかわらず、政策論の世界では、米国の社会、経済を前提にした理論モデルが圧倒的に幅を利かしている。その典型は、過去20年の日本の金融政策を巡る議論であった。しかし、最近は欧米の経済について「Japanification」(低成長、低インフレ、超低金利の長期化)が言われている。米国の有力経済学者サマーズは「日本の経験は中央銀行がインフレ率をコントロール出来るという公理が間違っていることを示唆している」と述べるに至っている。

私は「米国モデル」を否定しているのでも、「日本モデル」の素晴らしさを主張しているのでもない。理論とは複雑な現象の中で、本質的と考える部分に焦点を当て、それ以外の部分を無視することによって成立するものである。焦点を当てなければならない部分は、時間により場所により変化する。それだけに、政策運営に当たっては経済や社会の動きをよく観察することが大事である。



※本原稿は「SMBCマネジメント+(プラス)」2019年12月号(12月1日発行)に掲載されたものです。


マネプラ・オピニオンについて

ビジネス情報誌「SMBCマネジメント+(プラス)」にて、下記の6名の識者の方々が、自身の視点でまとめた経営者へのメッセージを巻頭コラム「マネプラ・オピニオン」として連載しています。

【執筆者一覧】 2019年4月号~

  • 大隅 良典 氏(東京工業大学科学技術創成研究院 栄誉教授、公益財団法人大隅基礎科学創成財団 理事長)
  • 北岡 伸一 氏(東京大学 名誉教授、独立行政法人国際協力機構(JICA) 理事長)
  • 白川 方明 氏(青山学院大学国際政治経済学部 特別招聘教授)
  • 髙橋 政代 氏(株式会社ビジョンケア 代表取締役社長、理化学研究所 生命機能科学研究センター
            網膜再生医療研究開発プロジェクト 客員主管研究員)
  • 薮中 三十二 氏(立命館大学国際関係学部 客員教授)
  • 清家 篤 氏(慶應義塾 学事顧問)

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